マンガ・カルチャー

実写映画『バクマン。』はマンガ原作好きを置き去りにした【ひどい?名作?】【レビュー・感想】

デスノートコンビ:大場つぐみ・小畑健による『バクマン。』その実写化。

原作が大好きだったので友人と映画館で一度、そのあとアマゾンプライムで一度、さらにその友人ともう一度、計3回みた上で言わせてもらう。

「やっぱり納得いかないシーン」が多い。

マンガ原作の実写映画としては成功の部類に入ると思う。概ね良い意見が多く、実写映画にありがちなとんでもない酷評は受けてない。絶賛の声も多い。

けれど原作が好きであれば好きであるほど、その原作との差異にワクワクしたりがっかりしたりする点がたくさんあったのです。

良い所と納得いかなかった所を上げていきたいと思います。

原作ファンが見る納得いかない点

Bad:亜豆さん、さっぱりしすぎ

まずひとつ、亜豆のキャラが違いすぎる。

とりあえず亜豆がめちゃくちゃ現実的だった。元から現実派なキャラですが、映画の亜豆はもはや亜豆じゃなく、小松菜奈です。(?)

小松菜奈扮する亜豆美保は、原作通りのイメージはいかずとも、魅力的なキャスティングでした。ただびっくりするくらいさっぱりしている。

「ずっと待ってるなんてムリ」

このセリフのインパクトたるや。 原作ファンはポカンとしたんじゃないでしょうか。え、待たないの亜豆さん?え?

「先、行くから」は映画版『この世は金と知恵』のシーンでも使われるもので、
”これからサイコー達は亜豆に追いつく”
とも取れるメッセージ性がありましたが、あのままじゃ亜豆と会える未来があるかどうか全然希望が持てない。

なにせ、亜豆の声優を目指すエピソードが全く描かれないので、そもそもサイコーとなんで結婚の約束が出来たのか全然意味がわからず映画が終わってしまう。

確かに「ずっと待ってる」は頭お花畑マックスでまさしくフィクションなセリフです。実写でそれを表現したら技量がなければ安っぽい描写になるでしょう。

現実派、それだけならないいんですよ。でもね、実写映画では亜豆さん、高校を中退して声優になります。つまりサイコーと遠距離。けど二人の感情は距離如きが壊せるものじゃない・・・そのはずだったのです原作では。

けど亜豆は泣きながら「ムリ」なんですよ。こんな現実派な亜豆はほんとに亜豆なの!?

遠距離になってそれで「ムリ」なんて言う亜豆は本当に想像だにしていなかったので、原作ファンからするとびっくりなんですよ。物わかりよすぎですよ。

なぁシュージンの言う亜豆の賢さってこういうところじゃないよなぁ!?

でもカーテンが揺れて、セリフを言う小松菜奈はめちゃくちゃ綺麗でした。それだけで緩和されます。

…んなわけあるかい。

映画では、マンガの中のヒロインのみが「ずっと待ってる」のだ。現実の亜豆さんは涙を流し先に行く。まてまてぇ〜。サイコー達は必ず追いつくからな待ってろよ。

Bad:連載になったにも関わらず、なぜかアシスタントがいない

原作の「夢が叶ったら結婚してください」のメルヘン要素が、かなり現実に親しい結果に終わる。

にも関わらず、連載まで行ってるのにサイコー達アシスタントがいない。嘘だろ?おい。現実感を出したいのか、非現実感をだしたいのか。ちんぷんかんぷんなんですよ。

説明は省いていいからせめて部屋に人がいないと違和感が残る。サイコー達の部屋いつも暗すぎでしょう… 挙げ句のはてに体調を崩す真城。なにも知らない人がみたら「マンガ書くのって孤独で大変なんだなぁ・・・」と思うかもしれないけど、ほんとはアシスタント沢山いますからね。

週間連載してるのにたった二人でしかも高校行きながら描いたらそりゃ体調なんて崩しますよ。

脚本としては友情・努力・勝利を既存キャラと共に詰め込むためにアシスタント要素を削り、連載作家達が全員手伝うという描写にしたのだろうけど、連載している彼らが手伝うほどの余裕なんてまずない。

というか他の連載陣の描写にはアシスタントがいるんですよ。福田さんが実際に蹴られるシーンを再現しているところにいるじゃないですか。でもサイコーたちのところにはシュージンと二人しかいないんですよ。もう意味がわかりませんよ。

Bad:編集長、さっぱりしすぎ

佐々木編集長、サイコー達がなぜかアシスタントなしで連載漫画家達の力を借りて、書き上げた魂の一話。
をれを受け取った編集長「わかった、掲載ね」

ほえ?

ここ原作だと「魂の玉稿、ありがたく頂戴する」なんですよ。

編集長が一度否定して連載をストップしたサイコー達彼らへの、そして川口たろうへの労いの言葉でもあるセリフなんです。そんなシーンなんです。もちろん”魂の玉稿”なんて現実離れしてるでしょう。だからこそ、スポ根的な単語は使わずとも、もう少し情のある演出がほしかった。

あの場面のみんなのノリの温度差がありすぎて漫画家陣が自信満々に「友情・努力・勝利」っていうのもかなり寒いシーンになってしまっていた。めちゃくちゃ熱いシーンなのに、映画だと「え、あぁ・・・友情・・・努力・・・勝利ねぇ・・・」くらいの感想にしかならなかった。

福田さん(桐谷健太)や彼らの演技は悪くなくて、無理やりそれを言わせてるようにみせてしまったストーリーに違和感があった。

佐々木編集長に扮するリリー・フランキーの演技は全体を通して素晴らしく、佐々木編集長のかっこよさを出してました。リリー・フランキーはベストを尽くしていたと思います。役者さんはね。

Bad:”分析”という良さがない

映画『バクマン。』は変にリアルなのに、連載作家のサイコー達になぜかアシスタントがいなかったりと中途半端。

そんな中「どうやって天才:新妻エイジを追い越すか」これが大きなテーマ。
天才でない自分達(サイコー達)どうやって人気を取るか。そしてたどり着いた「邪道」「邪道な王道」

この「邪道さ」を武器にして戦うための姿が映画ではかなり曖昧で、なおかつ『この世は金と知恵』の内容にほとんど全く触れてないので、見てる側からすれば「たしかにマンガで戦ってるけど内容が全くわからない」ことになる。

軽い設定すら教えてくれないのは、さすがに不親切な気がした。シュージンの武器である分析・計算で工夫を凝らして立ち向かうことがバクマン。の面白さであるのに、そこがごっそり抜けてる。

天才型と計算型、王道と邪道。この構図がなく軸がないせいで、なぜ新妻エイジを敵視するのかも描写が不足してる。そのために新妻エイジがヘイトをかうキャラ設定にされてしまったのかと考えると不憫でしょうがない。

ただ天才VS努力といった当たり障りのないポップ過ぎる構図になっていた。 

Bad:なぜ高校行きながら描いてるか説明がない

夢が叶う、原作では亜豆が人気声優になるまでにサイコー達も人気漫画化になるために、一秒も無駄にせずマンガに励みます。がしかし、映画はそういった描写がまったくないので、そもそも急ぐ必要性がない。必要性を感じさせる場所がなかった。

「夢が叶うまで合わない」この部分が映画にはないので、急ぐ意味がわからない。「早く結婚したい」だけではサイコー達の情緒は表せないんじゃないかと思うんです。

頭空っぽにして見れば、「そりゃ早いほうがいいわな」と思うかもしれないが、特別な理由がなければ冷静に編集者側が「高校出てからで良い」と判断する。けどその場面でも年や高校のことなどなにも言及せずに話が進んでしまうので、行動に理由が全くつかない。

亜豆との関係性が希薄すぎて、これならもう恋愛要素いらなかったんじゃないかと思うくらいだったんですよ。

Bad:全体的に画が暗い

シリアスなシーンを表現するためか、あらゆるシチュエーションが暗い。

亜豆が出てくるシーン以外は暗い。その対比を多分狙ってるんでしょうけど、暗いシーンの比率が高すぎて見てると疲れてしまう。

原作の作中マンガ『PCP』でサイコーが欠点として見つけた「画面の暗さ」。原作では克服したのに、映画版は基本的に暗いのです。

亜豆が出てくるシーンと、新妻エイジとアンケートを争うシーン以外が暗すぎる。

原作も最初こそ暗くデスノートの面影を見せることもありましたが、連載が進むにつれ段々と明るくなります。画的にも話的にも、最初は「なんだこのひねくれた二人は・・・」と思いつつも、連載を勝ち取る姿や努力する姿を見るうちに純粋に応援したくなるのです。

Bad:ほとんど”ただのヤな奴”な新妻エイジ

原作の新妻エイジって良きライバルでした。天才肌で時に真城を無意識ながら挑発したりする性質はありましたが、根はマンガ好きな良いやつなんです。

けど染谷将太扮する新妻エイジ、かなり嫌なやつ。真城が死ぬ気で描いてる原稿を見て「っぷ下手w」って言うんですよ。うそだろおい。純粋なキャラクターだからってそういう純粋さでいいのかいと。

新妻エイジは良い意味でも悪い意味でも「天然」でたまに冷たいこと言うけど憎めないキャラなんです。原作で初めてサイコー達と対峙したときも、「僕の頭ではあんな話し、書けないです。高木先生すごいです。」と純粋に自分に足りない部分を認めれるキャラで、「ストーリーはOK、やっぱり僕の絵が駄目・・・」と結果としてサイコーが燃え上がる構図でした。この天然っぷりが新妻エイジのキャラクター性。

がしかし映画の「友情・努力・勝利…ぷぷっw」こんなふうに笑う新妻エイジ、違和感しかない。染谷将太氏の新妻エイジの雰囲気作りはかなり好きだっただけに、脚本のキャラ設定が残念に思えてしまった。

ただこれは理由があると思っていて、尺の都合上、七峰透が出せなかったからかと思います。

原作では新妻エイジはライバルと言えど、普通にいいヤツすぎて、いまいちライバル感もとい敵感がかなり薄いのです。サイコー達が邪道で、新妻エイジは王道。ライバルというよりか、遥か上に行く天才のサイコー達の目指す”目標”の立ち位置でした。

そこで登場した必要悪が七峰透。シュージンが目指していた「邪道な王道」のお手本のような作品とその作り方で、まさしく敵と言えるキャラクターでした。

サイコー達との勝負では、結果ほとんど自滅して行く彼ですが、彼のなんとしてでも上を取ろうとした姿勢は見上げるものがありました。原作中最高のクズは中井。あいつは救いようがない。

Bad:服部さん、ほぼ無能

山田孝之演じる服部哲。原作では死ぬほど優秀なのですが、映画の服部さんは全然編集として仕事をしている描写がない。服部哲に三浦と裕次郎と相田さんを足して割ったようなキャラ設定でした。悪くないんですが、原作の有能感はほぼなし。

慣れると平気でしたが、最初持ち込みで登場した時は「めちゃくちゃやる気ないなこの服部」と思いました。

山田孝之の演技自体はどれも迫真で好きです。これも小松菜奈同様で、違和感があるのは脚本のキャラ設定でした。

原作よりよかったと思うシーン 映像ならではのシーン

Good:人を小馬鹿にするシーンがない

とくにバクマン初期に多いもので、例えば

  • 石沢がマンガを描いてることに対する見下したニュアンスのシーン
  • クラスのやつらバカに見えるか?のやりとり
  • 亜豆を褒め上げるために、学年で1番勉強がデキる岩瀬が下げられる描写

これらのシーンはアニメでも省かれることがあったりと、捉え方の是非が問われるシーン。
映画ではそういった人をバカにするシーンがなく、シンプルに漫画家同士の切磋琢磨が見られる。ここはよかった。(そもそも岩瀬も石沢も登場せず、かなり登場人物は絞られてます。)

ただし新妻エイジ、テメーはどうしてああなった。
映画では基本的に必要悪として登場した新妻エイジ。最後のシーンで実は良いやつみたいな含みを持たせながら退場させるも、普段の行いが「ただの嫌なやつ」で挽回できるほどのシーンとは思えなかった。
あれ、良い点を述べるはずが気がついたらこんなことに。

Good:「ほらおまえ頭いいじゃーん」がない

「クラスのやつらバカに見える?」
「亜豆は普通に女の子してるから賢い」

バクマン初期のあのシーンって賛否両論がめちゃくちゃ多くて、「なんか鼻につく」って読者がめちゃくちゃ多かったんですね。こういったシーンが省かれたのは良いと思いました。

ただ映画では亜豆のキャラの掘り下げが少なすぎていまいち感情移入ができないシーンが多かったかとも思うので難しい。

Good:映像の面白さ

Good:OPのジャンプの歴史

冒頭の神木隆之介&佐藤健によるジャンプの歴史のナレーション。
これは文句なしにワクワクしました。

Good:プロジェクションマッピングの可能性を見せた

マンガの執筆シーンのプロジェクションマッピングはほんとに素晴らしかった。BGMのベースとペンを髪に走らせる音と映像の組み合わせは心躍る。連載が決まった作品『この世は金と知恵』(映画マイルド版)を書き上げるシーンはほんとによかった。

Good:新妻エイジとの映像を使ったマンガ制作対決

週間アンケートで争うシーンで、等身大のペンをもってコマを互いにぶつけ合うシーンはよい表現でした。

ただ少し気になることがありまして…
また批判になってしまうのですが、映像(エフェクト)がよかっただけに染谷将太や神木隆之介と佐藤健の動きがどうも安っぽく見えました。特に戦闘に入るまでのサイコー達が走るシーン。せっかくの導入シーンが安すぎて、あとの動きがほとんどキレなく見えてしまう。映像の良さが仇となってしまったかなと思って良い表現なのですが、素直に好きと言えないシーンでした。良いとは思うんです本当に。

ぽっと出てきて難の言及もされない『True Human』の扱いには地味に笑った。

Good?? スラムダンクのオマージュ

ラストのハイタッチはスラムダンクのラストシーンのオマージュでしょう。山王戦ラストでの流川と桜木が最初で最後、一瞬だけ分かり合う名シーン。

途中、スラムダンクのくだりが出てきたのは伏線だったのでしょう。

Good:エンドロールの遊び心

終わりよければ全てよし…なんてことは言えないこの作品だけどエンドロールは最高。
映画バクマンに関わった人達が全員、ジャンプ作品をオマージュしたコミックスの背表紙で紹介されます。


本編自体がいまいちピンとしない終わり方だったけど、このエンドロールによってだいぶ緩和された。

丁寧丁寧丁寧に〜なエンドロールはついまじまじと見てしまいました。

むすびに

褒めたり貶したり忙しない文章になりましたが、思い入れがある作品だからこそ様々な感情が湧いてしまう映画でした。俳優さんのキャスティングに関しては文句はなく、宮藤官九郎が演じる伯父さんも、リリー・フランキーの編集長も、染谷将太の新妻エイジも、普通に良い人になった中井さん(皆川猿時)も、よかった。髪の色は違うが、桐谷健太扮する福田さんはまさに福田さんだった。性格的に1番再現度が高かったのは平丸先生(新井浩文)かもしれない。

また散々「主役の二人は逆だろ」と言われてたけど、そこは本当に気にならなかった。あの二人はあれでよかった。サイコーの斜に構えた鋭い眼光や童貞感を漂わせた佐藤健、と基本的にめっちゃいいやつであるシュージンは神木くんで良いコンビだった。配役はよかった。配役はね。

実写映画化してから原作を読んだら、きっと「映画とこんなに違うのか」の印象を受けると思う。原作全20巻を何度も何度も読んだ自分達が感じた違和感を原作で味わうと思う。

結論

「原作が好きなら合わない、軽めな青春作品が好きなら実写化もあり」でしょうか。

バクマン好きな人って「かなり理屈っぽい人間」が多い傾向があります。
原作の馬鹿みたいに多いセリフ量でも喜んで読みます。
その理屈っぽいよさが実写化ではなく、その切磋琢磨する要素がないことが原作好きからすると不満が残る点でした。

逆に言えば原作が好きじゃない人にとっては、かなり良い作品になってると思います。

原作を読んでない人、もしくは軽く読んだ程度の人なら面白いと言える映画でしょう。実際自分も2回目見る時は原作のことをできるだけ忘れるようにして頭空っぽにして見ました。そうすると初めてみたときほどガッカリせず楽しめたのです。

ただ、やはり原作の理屈っぽい面白さを知ってると、映画のスッカスカな感じが気になってしょうがないのです。(製作者の方々には失礼承知です)3回目みた時は、やっぱり駄目だこれと思ってしまいました。こんなに感想コロコロする映画滅多にないですよ。

入り口が違うと作品への印象は大きく変わる。映画単体でみれば良い作品だと思います。原作の賛否を呼ぶシーンはないのでその要素がない事で好きな人もいる。原作を読み込んだ人からすると違和感も残る。

あなたは映画バクマンをみてどう思いましたか?ほんとにつまらなかったですか?それともほんとにおもしろかったですか?

それではまた。
読んで頂き、ありがとうございました。

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