米津玄師。本名であることが信じられにくい特異な名前。「琵琶法師」でも「兼好法師」でもない。名前からしてナニモノかにならざるを得なかった名前に思える。漫画なら確実に能力持ち。
今でこそ気に入ってるらしいが、子どもの頃は自分の名前が嫌いだったとこのこと。(数年前のロッキンのインタビューにて「読みにくいし読まれにくい」と過去の不満を語っていた。)
不協和音的・普遍的ポップセンスや、歌詞の綿密さ物語性、音の遊ばせ方など、様々な特徴がある。その中に「変な言葉」がある。
彼を彼たらしめる要素はたくさんあるけど、今回はその「変な言葉」「変わった言葉」に焦点を当てて紹介。ハチ名義のボカロ作品の中からも紹介。
変な言葉の前に
先に断りを入れると、日本語が崩れているという意味ではない。彼の表現力・文章力は高い。
言葉の使い方が丁寧で緻密。前にも言及したように、2ndアルバム『YANKEE』は聴ける文学作品だと思っている。特に『海と山椒魚』は顕著な例。
藤原基央(BUMP OF CHICKEN)をエッセイや童話寄りの詩人とするなら、米津玄師(特に初期)は文学寄りの詩人と言える。今はハイブリッドに歌詞を書いている印象。
引用やルーツが多い
米津玄師自身が宮沢賢治や三島由紀夫などを好きと公言していて、彼の歌詞には他作家作品の”引用”や”参照”が多くある。
『LOSER』の”酸っぱい葡萄”はイソップ寓話の『狼と葡萄』だったり、前述の『海と山椒魚』も、ルーツは井伏鱒二の『山椒魚』と見受ける。井伏鱒二の『山椒魚』も「岩屋に挟まってしまったまぬけな話」で、歌詞と一致している。
「山椒魚」は国語の教科書にも載っているほどの名作。まぬけな山椒魚の高飛車な口調がとても面白くて、シリアスながら笑える面白い作品。自分は中学の頃に授業で読んで、「なんでそんなに偉そうなんだよ」と笑った覚えがある。中島敦の「山月記」と井伏鱒二の「山椒魚」はどちらも少し間抜けで、「自尊心」を考えさせられる。
前置きが長くなってしまったけど、言いたいのは、彼の言葉は崩れてないこと。むしろ整っている。響き、意味などをしっかり吟味し、丁寧に言葉を選んでいる。
その上で「変な言葉」を効果的に投げてくる。
意図的に崩したり、遊び心を取り入れている。だから面白くて、気難しい言葉が並んでいようと、聴きやすい。
シリアスにもコミカルにも聴けるようになっている。難しい言葉も簡単な言葉も、変な言葉と特異なフレーズを上手く混ぜて、曲を構成している。
闇鍋っぽいに何故か美味しいといった感覚。ごった返してるようでしっかり調和をわかっている鍋。そろそろ鍋をつつきたくなってきましたので本題に行きます。
本題:呪文のような変わった言葉達
ようやく本題。
米津玄師の楽曲には印象に残る「音」や「言葉」が散りばめられている。それはエフェクトであったり造語であったり。
宮沢賢治『やまなし』の「クラムボンはかぷかぷうかんだよ」よろしくなフレーズがたくさんある。
ぱぁーぱらっぱっぱ ぱっぱっ ぁ ぱーぱらっぱーぱー ぱっぱっ
(4分55秒〜5分35秒)
『YANKEE』収録『しとど晴天大迷惑』のサビ終わりのフレーズ。二番終わりは「声も出ない」と歌って、実際に無音になるのが本当に面白く、そして切ない。アップテンポだけど、歌詞は中々に悲惨で悲壮感が漂う。
そもそも『しとど晴天大迷惑』というタイトルからして、ハッピーエンドが見えず、やっぱり進展はなくストーリーは終わる。ぱーぱらっぱっぱーぱっぱぁっあ ぱーぱらっぱっぱー ぱっぱ。文字にすると滑稽に見えるかもしれないけど、妙に癖になる。
カンカラリンドウ
(2分29秒あたり〜)
ハチ名義のボカロ作品『リンネ』のCメロ部分。「踏切の音 カンカラリンドウ」
「カンカラリンドウ」スピード感のあるあのCメロに、一度チラッとでるだけなのにやたらと耳に残るフレーズ。タイトルにも歌詞にも何度か登場する「ダーリン」「リンネ」という言葉にも頭音がかかっていて、より印象に残りやすいようになっている。
ハイネリィランラ
こちらもハチ名義の『ワンダーランドと羊の歌』より。
Bメロで「ほらハイネリィランラ」と唄う。
「賛美の言葉唱えようぜ」や「泣いてる子には唱えようぜ」と前フリがあるように「元気の出るおまじない」のように使われている。分かる人の前では一度は使ってみたいフレーズ。
この曲は、全体的に韻を踏んだ言葉並びが多く、彼の遊び心にも注目すると面白い。”珍しく”というと語弊がありそうだけど、ネガティブな言葉が少ない曲。冒険心をくすぐり「遊ぼうぜ、笑おうぜ」と元気をくれる。
ヒッピヒッピシェイク ダンディダンディドン
『Lemon』カップリング『クランベリーとパンケーキ』より。一度聴いたら耳に刷り込まれるフレーズ。『Lemon』がリリースされ直後、この曲によって界隈がかなり沸いていた。こういう曲をしっかり打ち込んでくるからずるい。
ヒッピヒッピシェイクの元
響きだけで十分中毒性があるけど、実はしっかりと元がある。
The Swinging Blue Jeans 「The Hippy Hippy Shake」
リバプールサウンドバンドThe Swinging Blue Jeans。The Beatlesなどもリバプール出身。新しめのバンドですが「Circa Waves」もリバプールだったような。記事の趣旨とズレるので多くは書きませんが、Circa Wavesも好きです。
ダンディダンディドン
「ダンディダンディドン」は英国圏で使われる言葉で、「くそっ!」的なニュアンスの言葉。言葉というより音遊び。
マリオがよく言う「オーキードーキー♪(OK)」などと同類の言葉。日本語なら、くしゃみしたあとに「ばっきゃろーちくしょう」の様なよくわからない言葉付け加える人と似たような具合。多分違う。
パッパラ
ハチ『clock rock works』のAメロ冒頭「パッパラ働く 休む事もなく」より。
働くという言葉には「あくせく」「せこせこ」などが付くことはよく見るけど、「パッパラ」はコレ以外未だに見たことない。パッパラ働く。響きはかわいいけど、過酷な言葉にも思える。
『clock rock works』からもう二つほど連続します。
ロ ド ロ ド ランランラ
こちらもAメロ部分。「働く」がテーマになっている曲なので元の言葉は「労働」かと思われる。もしくは、働くことや生きることが「ドロドロ」していることを指してる可能性もある。
マ ノ マ ノ ランランラ / ノ マ ノ マ ランランラ
同じくAメロ。マノマノランランラ。「貪欲に数字を追っかけた」と続くので「ノルマ」を課されて働いてるだろうか。
または「ノロマ」と言われているのか。「働く」を鑑みると、そういった類いの言葉を彼なりに溶解しているのかと思う。
ノマノマは「踊り字”々”」を分解したもの?
「繰り返し」の意味がある「踊り字」というものがある。
日常的にみるのは「々」でしょうか。
久々、代々木、度々の「々」などで使われる文字。これを踊り字と呼ぶ。
「々」この文字、よく見るとカタカナの「ノマ」で構成されているので、もしかしたら「繰り返し」という意味も込められているのかもしれない。
歌詞でも「繰り返しの毎日」とあるように、狙っているように見えてしょうがない。
(夏目漱石「こゝろ」などの「ゝ」も踊り字のひとつです)
個人的に『clock rock works』は疲れた時に聴くと、とても暖かい。「働く」という共通のテーマから、BUMP OF CHICKENの『ギルド』を連想させるところがあり、どちらも何かに躓いた時に優しい曲。
扉(心)を挟んでの対話や、”ノックの音”という描写が、BUMP OF CHICKENの『ラフメイカー』や『プレゼント』も彷彿とさせる。
タイトルの『clock lock works』は「時計の針のようにエネルギーが切れるまで働く」の意味がありそうなので、このタイトルで優しい歌詞なのが、また皮肉が効いてるなと思う次第。
「ぱっぱ」が多い
ここまででお気づきかもしれないけど、「ぱっぱ」という音が多い。『パンダヒーロー』のサビもそう。
『LOSER』のCメロ部分、『ホラ吹き猫野郎』の”らりっぱっぱ”、『百鬼夜行』のコーラスのぱらっぱっぱ、『駄菓子屋商売』イントロのぱーぱっぱぱらっぱっぱっぱ。などなど、ゲシュタルト崩壊しそうになるくらい本当に多い。
「パッパラパー」が「馬鹿」を指す言葉なので、それを崩した言葉なのかとずっと考えていたけど、全てがそういう意味ではなさそう。
馬鹿と言うのも馬鹿らしいという皮肉が込められているような気もする。
何かを否定することって想像以上に労力を使い、とても疲れますもんね。
一概に「この意味だ」とは断定出来ず、「響きが楽しいから」使ってる部分も多いにあるでしょう。なんにせよ、真偽は米津玄師、彼のみぞ知ります。
番外編
言葉ではないけど、面白いエフェクトや音を少し紹介。
ぽよよ〜ん
『ポッピンアパシー』の冒頭部分。サビ前や、サビ終わりなど、随所で鳴っている。この音を言葉で表現するのが難解で、「ぽよよ〜ん」なんていう情けない文字面になってしまった。自分の技量が悔やまれる。
ふよよ〜ん、ぽよよ〜ん。うーん、難しい。ひょわわーん。ダメだ違う。口でなら表現できる自信あるんですが、今は曲を聴いてもらうほかないです。
ワッゲラー ホンゲッラ~ゥ
(7分12秒あたりの音)
『TOXIC BOY』のイントロ。
またしても言葉にできない。どんどん馬鹿みたいな文字面になってしまってる。
イントロからとんとことんとこ、ポンポコポンポコと鳴る音が最高に楽しい。サビで段々音が高くなっていていき、最高点に到達した後に下がっていくのは、ジェットコースターに近い感覚がある。
ボイスロイドの音を断片的に使ったザ米津節な音。『ポッピンアパシー』や『ドーナツホール』『あたしはゆうれい』でも特徴的。
『首なし閑古鳥』『ホラ吹き猫野郎』などに見られる祭囃子な曲調もまた良い。
ヒェッ ヒエッ
『Lemon』のAメロにて鳴っている音も同じ類い。控えめなのに主張の激しいこの音があるのとないのでは、大きく変わっていたと思う。
ワァァァ オォォウ
ハチ『砂の惑星』より。イントロとサビの4拍頭で鳴っている。ライブで確実に楽しいこと間違いない。映像はLemonの初回版のDVDで見たけど、画面の前でシンガロングしてた。
ボカロの歴史を詰め込んだ曲で、ボカロの一つの歴史書的な立ち位置にある。『BOOTLEG』にて米津歌唱バージョンもあるので是非。
ただ、この作品示唆に富んでいて、ハチとして活動したあの場所への悲痛な願いを感じる。あの「庭」のような場所が砂漠になっていることを、憂いているように聴こえる。
「砂漠に林檎の木を植えよう」「あとは誰かが勝手にどうぞ」 アダムとイブの禁断の果実を匂わせるフレーズ。皮肉なような明るいような不思議な曲。
ヘィエッ ヘイエッ
『BOOTLEG』収録の『Nighthawks』サビ前より。Nighthawksは「夜鷲」。転じて「夜更かし」の意味もある。
サビ前の「鷲の鳴き声」のようなこの音と、一気にくる開放感がとても良い。
タイトルはエドワード・ホッパーの絵画からで、曲はRADWIMPやBUMP OF CHICKENのオマージュとのこと。
こちらがエドワード・ホッパーの「Nighthawks」
『BOOTLEG』のジャケットの色合いにとても似ている。米津玄師は「いつもと違う風な絵を書いてもいいかな」と語っていて、これもどうやらオマージュの範疇にあたる。
オリジナルってなんだ?”海賊版”に詰め込んだ美と本質 ナタリーより
あーぁ あーぁあ あぁあ あぁあ
これだけで何の曲か分かるでしょうか。
この曲全体の言い回しが、皮肉や同族嫌悪に満ちている曲。とあるボカロクリエイターと話しているときの実話だそう。
『diorama』収録の『caribou』でした。 カリブーカリブー。
お化けは言う メメントモリ
ちなみに、「メメントモリ」はラテン語で、「自分がいつか死ぬことを忘れるな」という意味。米津玄師の歌詞に度々登場する「お化け」の捉え方はとてもユニーク。生に対する描写は現在でもよく使われていて、考えが頭を回る。
この調子で行くと、全部の曲になにか一言を書きそうでまずいので、そろそろ一段落します。
むすびに
音が詰め込まれていて、何度聴いても新しい発見がある。好きな「変な音」は聴く人それぞれがもっていると思います。それくらいたくさんの音が鳴っていて、なおかつ曲を邪魔してない。米津玄師の表現力の高さを、書いていて感じました。
小説などの作品が好きで、人並み程度には本は読むのですが、彼の音楽は短編並の情報量がある。ぎっしり詰め込まれてる。音のおせち。
「変な音」「オーソドックスな音」「普遍と個性のメロディ」を巧みに扱って「言葉」を伝えるのが、とても上手い。口ずさみたくなるメロディと言葉を掛け合わせるのが素晴らしい。音楽のハッピーセット。選べるおもちゃは変な音。おもちゃなのに、むしろメインディッシュにも成り得るのがまたすごい。
意味がわからなくても口にしたくなる言葉をつくれるのは本当に面白い。わけがわからないとみせかけて、意味もしっかりあることも多々ありで、その意味を考察したり、ちょっとでも理解できた時には、白旗をあげて降伏してる。幸福。
まだまだ好きな部分があるので、思いつく限り書いたらとんでもない量になりそう。どこかで切り上げないと終わる気がしなかったです。細かいコーラスやら一瞬なる音やら書いたら、それこそキリがないのでこの辺で一度終わります。
あなたの好きな変な音はあったでしょうか。長い文章をここまで読んで頂きありがとうございます。
「こんな馬鹿な文章ですいません。嗚呼毎度ありがたし。」
それではまた。
<文・編集 = hitoto(@tonariniwa)